あることないこと

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BUMP OF CHICKEN 『WILLPOLIS 2014 劇場版』

WILLPOLISが映画になりました。観に行ってきました。家から最寄りの劇場までは、電車で片道3時間ほどかかりました。それでも観に行きました。

BUMP OF CHICKEN WILLPOLIS 2014 劇場版

劇場版の冒頭はアニメーションパート。「WILLPOLIS」という概念から生まれた、山崎貴監督による16分ほどの物語。サウンドトラック的に差し込まれたザクザクとしたアコギの音色はなんとも藤くんの音でした。というのは別にしても、ストーリーからバンプの歌をいくつか想起できるのは、盟友とも言える山崎監督のなせる技だったかも知れません。物語の大筋とは違うかも知れませんが、私は「大切な思いを差し出してしまうこと」「仲間が先に行ってしまうこと」などに頭を巡らせ、チクチクと胸にくるものがありました。

後半はドキュメンタリーパート。「WILLPOLIS 2014」の名を冠したツアーのドキュメントと、そのファイナルであった東京ドーム公演を中心としたライブ映像、それらを振り返るインタビューとが交差しながら進行していきました。バンプのMVを長年手がけ、ライブではVJも務めている番場秀一監督によるもの。
これは何せバンプがツアーの裏側もドキュメントとして見せてくれたということで、4人それぞれについて印象的であった場面と私なりの思いとを書き残したいと。愛情込めて、愛称でお送りします。


チャマ。インタビューでの「この景色を見せてやりてぇと思ったんだよな」の一言(正確でなかったらすみません)。質問自体は収録されていないのですが、おそらくWILLPOLISの劇場公開や映像化に踏み切った理由としての回答でしょう。金髪オシャレで一見オレオレなチャマの視線は、実はいつだって観客のほうを向いていて、観客を第一に考えていると思います。そして、最近の彼らがよく言う「勇気を出さなきゃいけないこと」を実行する時に、チャマの言葉はそれ自体が勇気のように機能してバンドを牽引しているはず。

ヒロさん。確かドキュメンタリーパートで流れた演奏中の映像だったと記憶しています。例えば頭を使わずごく感覚的にアドリブを紡ぐような、音楽に憑依されたような、そういう表情でギターを鳴らしていた一瞬の場面。はっとしました。これまで私がそんな表情を見逃してきただけか? …いや、その憑依スイッチが入るようになったのは恐らくここ最近。語弊を恐れずに言えば、ヒロさんはギタリストになったんだ、と思いました。上手く補足できませんが、伝わりますか、この言い方。単なるバンドの割り振りとしてのギタリストではなくなった、ということ。あの一瞬の表情がそのことに気付かせてくれたのが驚きであり、喜びでもあったのです。

秀ちゃん。具体的な場面ではないのだけど、自分たちやライブの景色をぽつりぽつりと語る言葉に見てとれる、誠実さや真面目さ。その一直線な真剣さは、例えばレコーディングでの頑固さとなったり、バンドに還元するためであろうバンドの外での練習で、逆に「バンドのグルーヴも大事なんだから」と釘を刺される羽目になったり。何かとからかわれてきた部分でもあったけれど、そうやって秀ちゃんなりに大事にしてきたものは、ここにきてぐっと響く言葉となって力強さを増していると思いました。裏目に出がちだった熱量はたぶんここから、言葉にも音にもなって正しく転がっていくんじゃないかな。

藤くん。おそらく公演後の楽屋の様子でしょう。氷嚢を首にあて、仰向けに寝転がった、その横顔。ライブ中ずっと手首に一緒に居た、タトゥーシールのニコルを眺める、その表情。それを見た瞬間に、私はなんだかとてつもなく安心したのでした。良い顔をして帰れるのはこちらだけではないんだと思って。彼らが言う「ありがとう」に嘘はないと、その瞬間に信じ切れたというか。今までだって嘘だなんて思ったことはないけど、あれを見たら一層に信じざるを得ないというか。私からしたらもちろん良いライブだったけれど、彼らにとっても良いツアーを回れたのだと思いました。だから本当にほっとしたんだ、あの顔に。

もう何度となく思ってきたことだけれど、あなたたちがバンドをやっていて、あなたたちとその音楽に出会えて、心からよかったなぁと、映画館でもまたその気持ちを噛みしめました。


ライブシーンからも1曲書いておきたい。「銀河鉄道」。アコースティックセット。
東京ドームという場所には小さすぎるサブステージ。観客により近い場所。最低限の楽器と演出。それだけで焦点は音に集中するものでしょう?でもあの時、5万人を音楽そのものに惹きつけたのは、そんな状況じゃなくて何よりも藤くんの歌それ自体だったと思います。
<電車の窓はガタガタ鳴く>静かに呟くように、自由に揺れるテンポの情景描写から、
<荷物の置き場所を 必死で守ってきたのでしょう>自分自身に、目の前のひとりひとりに、訴えかけるようなシャウトまで。
その歌の豊かさに圧巻されながら、同時に全く他人事にはできない詞の世界にぎゅっと埋没させられていくような感覚。それは、そんな歌を歌い終えた藤くんが手でひょいひょいと拍手を煽っておどけてみせたところで、やっと夢から覚めたみたいにはっとするほどのものでした。


2月には、劇場版にドキュメントや曲を追加した映像作品として、WILLPOLISがDVDとBDになります。私は、あの「銀河鉄道」が収められるだけで買う価値があるほどだと思っています。もちろん映画未収録の部分も楽しみにしているのですが。「天体観測」やなんなら「銀河鉄道」は知ってるけどバンプのライブは行ったことないって人、これ観ればいいよ。貸すから。わたし貸しますから。

the telephones と 夜明ケマエ

the telephones が来年5月21日の武道館公演をもって無期限の活動休止。

the telephonesからのお知らせ


夜明ケマエが12月22日をもって解散。

http://www.yoakemae.info/home.html


例えば私は彼らのワンマンライブに行ったことは無いし、その程度の熱量の人間がこう言うのは薄っぺらいかも知れませんが、やっぱり寂しい。
なぜ寂しいかと言えば、テレフォンズのほうは、この国のフェスシーンに彼らが居たこれまでのほうが、居なくなる今後よりも絶対に楽しかったに決まっていると思うから。
夜明ケマエは、一度もライブで観ることが叶わなかった後悔で。

フェスにおける“DJブース”のような場所には、「居なくなった人やバンドの音楽を会場で蘇えらせる」という役割があると言えますよね。それを考えると、色々と言われがちだったり私も思うところのあるフェスでのDJブースの文化も、一概に悪だとは言えないし、無くなってほしくはないなぁと思います。

フェスに限らず、DJイベントやクラブ的な場所も同じなんだけど、私にとってのテレフォンズは喧騒を楽しむようなフェスでは必ず鳴っていてほしい音楽だったわけで。そう考えるとフェスでのほうに思いが寄ってしまいます。

(でも本人たちは、そういうイメージを壊したくて今までやってきたのかも知れなくて… だとしたら、こんなことを言っているのは本当に申し訳ないのですが)

きっとテレフォンズは何度でも大きな音で蘇えるんだろうから、これからもフェスの現場でその音楽を聴いていきたいなぁ。
夜明ケマエもどこかで鳴らされるのでしょうか。広い場所で聴けたらいいなぁ。

bonobos ライブツアー 「Let's go 三匹!!!」 @盛岡

昨晩は、bonobosのライブツアー「Let's go 三匹!!!」の盛岡公演を観てきました。岩手県公会堂の21号室にて。めちゃくちゃ良かった!
私はアルバムで言うと『ULTRA』(2011年)からbonobosに入ったクチで、実はそれ以前の作品をまだ全ては聴けていません… ので、あの曲でどうだったとか細かい事は全然言えないので申し訳ないですが、ちょっとざっくりとした感想を。

開演予定は19時だったけれど、それより5分くらい早かったんじゃないかな。ふいに3人がすっと入ってきて、お互いに向き合う形で3角形にセッティングされた楽器の前へ。不自然なほど自然な始まりには「グッドモーニング・マイ・ユニコーン」。管楽器やスティール・パンの音はしないけれど、数十センチと離れていない距離感で聴けるバンドの音はとても勇壮でした。

中盤の、あれはやっぱり「THANK YOU FOR THE MUSIC」からなのかな。蔡さんのキーボードで聴けたその曲には、音源よりも断然ぐっと込み上げてくるものがありました。会場の雰囲気もようやく温まったその曲以降、何度も目の焦点が合わなくなり、ぼやけた視界のなかで耳だけはずっと澄まされていて、ぼーっとしながらも体の赴くままにリズムを取っていました。最後までずっとその感覚でいられたのがとても気持ちよく、嬉しくもありました。

昨日の最初のうちは客席がガチガチだったんです。緊張感ではなく、みんなどうしていいものか分からない感じ。この雰囲気って、恐らく昨日に限らず地方で行われるライブに共通して見られる状況ではないでしょうか。というのは、先月に仙台でくるり(w/サンフジンズ、細野晴臣)を観た時にも同様の空気を感じたところだったので。
東京や大阪などと違って、カルチャーの中心地で活躍するアーティストを日常的に観られるわけではないですから、地方は。それで慣れていない感じになってしまうのでしょうか。音楽を聴いて各々が思うままに楽しめばいいのですが、地方では1つの公演のなかでそこに至るまでに多少の時間がかかってしまうような気がします。

昨日思ったのは、そういう「徐々に客席の空気がほどけていく」感じというのが、地方公演の面白さでもあるのかなと。私も地方に住んでいる身。昨日はすっかり場の空気に飲まれて、前半はちょっと固まってしまっていたのですが、先に書いた通り中盤以降はぐっと音楽に惹きこまれて心から浸れている感覚がして、それはそれは心地よい時間でした。で、その会場に火を点した曲が昨日は「THANK YOU FOR THE MUSIC」という音楽賛歌だったわけで、そのことがなんだかとても感動的だったよなぁと、終演後に思ったのでした。