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あることないこと

140文字以上はこっちで

BUMP OF CHICKEN が地上波で歌ってしまいました

失敗だったと言いたいわけじゃありませんよ!もしかしたらそろそろ、くらいには曲が発売される度に思っていたけれど、実際ニュースになったところでそりゃあ驚いたし、昨晩(仕事につき録画でしたが)その映像を観たにもかかわらず今日になってもちょっと現実を疑うくらいです。なんかバンプがテレビに出ている夢でも見ていたような… でもあれはライブの記憶のフラッシュバックだった気も… あれれ。

なんて思うのは、「テレビ」じゃなくて「ライブ」だったからで。観客を入れての生演奏の中継だったのでそれはそうなんですが、どう言い表すべきでしょうか… メディアのカメラのない普段のライブ会場で見れる景色や空気と一緒だったのですよね。音が鳴って客席が湧いたら、いつもの4人でした。番組のオープニングではどことなく表情が強張っていて緊張も感じられたのですが、2曲の間はいつもの、こと最近の様子と同じく楽しそうに柔らかに演奏する4人がいて、さらにはカメラの向こうのこちらが置いてけぼりをくらう感覚さえないという。いや、他のファンがどうかは分からないけれど、少なくとも私は。

理由のひとつは、Mステさん側の配慮でしょう。正直、普段のライブスタッフの皆さんがつく形で、曲間の楽器チェンジ等もしっかりやって、2曲ともフルコーラスで聴けるなんて思っていませんでした。最初から最後まで歌詞を追えるから、「ray」で“生きるのは最高だ”のメッセージがちゃんと響いてよかった。「虹を待つ人」のコーラスで、客席の声をしっかり拾ってくれたのもよかった。バンプの音楽を構成するものを、ちゃんと理解してくれていたと思います。

もうひとつは、これをいちファンの自分が言うのはどうかと思いますが、オーディエンスが確実に4人のエネルギーになっていたのではないかということ。歌を届けたい人たちにとっての、目の前で聴いてくれる人たちの存在の大きさ。彼らですから言わずともテレビの向こうにも歌を届けようとしていたはずで、その原動力は目前のオーディエンスだったと思えました。バンプのライブがいつもステージと客席とで「ありがとう」の応酬になる、その意味が分かった気がします。客席は音楽に力をもらう。その光景が逆にステージを支える。さらにはそのエネルギーでカメラの向こうにも音楽が届いた、と。テレビの前で置いていかれることなく感じたライブ感は、そうやって生まれたんじゃないかな。

もっとハラハラするかと予想していたけれど、楽しそうで笑顔だったから、安心しました。伝える、届けることに誠実であるから大事に守ってきたもの。頑なに守っているだけだったら出来なかったことを、やってのけたと思います。誠実に踏み出したから、失くさないままで。BUMP OF CHICKEN が地上波で歌ってしまいました。