あることないこと

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BUMP OF CHICKEN 「Butterfly」



BUMP OF CHICKEN「Butterfly」


誰にも聞こえないと思っている悲鳴を、実は誰だって抱えているのだということ。だけど、自分のそれがいかに大切で綺麗なものであるか理解し切れるのは、自分自身だけだということ。
だから<量産型>って、「あなただけじゃないけど、あなただけなんだよ」みたいな意味だと私は勝手に思っている。自分の口から出る皮肉や自虐も受け入れて、そのあとの「でもね」もしくは「ならば」を歌う唄。

変わらないまま変わろうとすることは本当に難しいけど、そうあってほしい。
同時に、彼らの歌は、童謡のように歌われ聴き継がれていくものであってほしい。

歌を届けようとするこのバンドの音楽と、それに付随する諸々は、多くに望まれたほうではなくて、彼ら自身の望むままに鳴らされ、選ばれていれば、きっとずっと残っていく。大丈夫だと思う。


だからどうか、「今」を追いかけ続けていて。
あんまり「今」に、飲み込まれないでいて。

 

LILI LIMIT

だいぶ時間が経ってしまったけれど、9月19日(土)、渋谷WWWでのことを。LILI LIMIT のミニアルバム『Etudes』リリースツアー中の一公演  “size [M]” を観てきた。対バン相手は彼らと同じ事務所の先輩である Suck a Stew Dry。受付で「どちらのバンドがお目当てですか?」と訊かれるけれど、私はいつも「どっちもです」はアリなのか一瞬迷った挙句、結局その時にどちらかと言えばこっちと思っているほうを口走ってしまっている気がする。この日は LILI LIMITと口から出た。


LILI LIMIT 1st mini album "Etudes" Digest - YouTube

( 曲は始まりから順に、at good mountain ~ Girls like Chagall ~ zine line ~ h.e.w. ~ Tokyo city club ~ in your site )

 

私が LILI LIMIT と出会ったのは、今年の春ごろにラジオで「Girls like Chagall」を聴いたことだった。「ロックにエレクトロニカ、ダンスミュージック、ヒップホップまでも混ぜたような楽曲」と紹介されていたと思う。確かに縦にも横にも体を揺らしたくなる楽曲で、造語だという<アニュマニデイズ>の歌詞が耳に残り、「シャガール」という単語を用いるお洒落さにも惹かれた。この日は2曲目に演奏され、<その時シャッターを閉めたガール>という歌詞に沿って、Vo.牧野くんが片手を顔の前にかざし目を隠すポーズを取るのが印象的だった。

「Girls like Chagall」はシングル化されるまでウェブ上に音源がなく、その発売まで私は YouTubeSoundCloud に上がっていた他の楽曲を聴いていた。なかでも好きになったのが「in your site」。その時点では英詞の楽曲だったのが、7月に発売されたミニアルバムでは、リアレンジが施された日本語詞での収録となっていた。

後に、楽曲制作の中心を担うGt.土器くんのツイートで知ることになったけれど、この曲はもう4回ほどアレンジされているとのこと。ライブではもちろん最新形を演奏してくれた。とても熱かった。繊細な始まりから一転、後半には爆発的にエモーショナルさを増すこの曲は、音源ですでに完成されたものと思っていたけれど、ライブでさらに熱を上げていたように感じられて圧巻だった。

新曲だと披露された「Festa」は、これまでのどの曲よりも光度があって、その名の通り会場が祝祭感に包まれるような楽曲だった。きっと、これからもっと多くの人に知られていくであろうこのバンドの未来に、ここよりもっと大きなステージで聴きたい1曲だと思った。

新曲に続いたのは「at good mountain」。<容赦なく>と始まりのフレーズを放ったあと、牧野くんは歌うのを止めて少しうつむいた。声が途切れても音楽は止まらない。その数秒間に牧野くんが何を思っていたのか、その表情からだけでは読み取れなかったけれど、私は反射的に、その空白を埋めるみたいに続きの歌詞を口ずさんだし、空で歌えるくらいこの曲を繰り返し聴いてきた自分に気付いたりもした。

これまでの自分の人生のなかでも特に重たく続く日々に、この曲が沁みないわけがなかった。
<雨を降らす事はとてもいい 大地にとって救われる物なんだ>の詞に励まされ、<言い訳なんてきっと妄想 紙芝居の中の絵空事>には背筋が伸びた。
<シワのついたシャツを伸ばす 伸びためた前髪を切る すると視界は広がって ほんの少し悩みは消えた>を信じないと、私の新しい日常はやっていけなかった。
本編がこの曲で終わり、心からありがとうと言いたい気持ちで拍手をしていた気がする。

 


LILI LIMIT「at good mountain」 - YouTube

 “size[M]” と銘打たれたこの日のライブは、“size[S]” から始まった LILI LIMIT にとって初めてのロングセット=持ち時間60分のライブだった。「at good mountain」のようにストレートな言葉で日常に寄り添ってくれるポップな曲もあれば、独特な言葉で世界を切り取り、変拍子や展開の気持ち良さでそれを伝えてくるような曲もあるから、1時間なんてあっと言う間で目が離せなかった。

私は[S]には間に合わなかったけれど、歌が止まったあの瞬間にバンドが感じていたものが、この日のライブへの感慨のようなものだったとしたら、そんな場面に立ち会えたことを嬉しく思う。

 

<セットリスト>

1 h.e.w.
2 Girls like Chagall
3 ±0
4 Tokyo city club
5 Boys eat Noodle
6 in your site
7 morning coffee
8 zine line
9 Festa
10 at good mountain
en.1 Tokyo Noise
en.2 RIP

 

 

2015年の夏の始まり

youtu.be


なんてことはない田舎者の憧れで、5月末に岩手から東京に引っ越してきた。慣れない仕事となれない生活は慣れないままで、でもとりあえずは2ヶ月が経った。その間に聴きそびれてしまっていた音楽も溜まっていて、フジファブリックもその中のひとつだった。先日これをようやく聴いたら、そういえばもう夏になっていたんだなって、忘れていた季節の感覚を唐突に思い出した。私が思い描く夏ってこの曲のような感じ。というか、フジファブリックは夏の思い出のようなバンドだなと思った。


東京に来てからわりと最近まで、休日すらどこに行っても心から楽しめている感覚にはなれず、これはヤバいなと思う日々が続いた。でも先日、なんとなく通勤の定期券内にある後楽園駅で降りてみて、東京ドームの屋根が見えたら、ふっと気分が上向いて救われたような気になった。私の中では東京ドーム=1年前のバンプのライブの記憶としてまだ残っていて、それが蘇えったみたいだった。住み始めた場所からそれほど遠くない所に、そんなスポットがあってよかった。よかったと、それはわりと本当に、心から思った。

餞別をくれた父がいて、メールや荷物を送ってくれる母がいて、LINEやメッセージをくれるし、なんなら東京に遊びに来たタイミングですでに私と会ってくれた友達もいる。そんな人たちと一緒に、あとはやっぱり音楽がなかったら、私は生きていけないと思う。


ある友達とは、私たちがよく聴く類の音楽に自分たちは毒されている部分もあるよね、といった話をしたことがある。それとは別に、音楽を薬みたいに使うなと言う人がいることも知っている。前者は本当にそうだと思うし、後者の言い分も理解はできる。でも、情けないかな、私はそんなに強くなれそうもないんだな。これからも音楽に寄りかかって、お世話になって、生きていくんだと思う。

好きだ好きだと言いながら、自分は「音楽が好き」なのではなくて、「好きな音楽がいくつかある」だけなのだろうなと考えることがある。でも、音楽が気付かせてくれることがある。音楽で思い出になった場所がある。現実を忘れさせてくれる音がある。現実に向き合う力をくれる歌もある。音楽が繋げてくれた人もいる。だからやっぱり、自分は自分なりに、ちゃんと音楽が好きなんだと思うのね。

なんでこんな事を書いたかというと、このツイートを見かけたから。

 

音楽が好きか、たいして好きじゃないのかって、音と歌詞のそれだけで語れるものなのかな、と思ったから。